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2017/4/3 改訂
                       
 付録  

 幕末草莽の志士・佐田秀の長歌

佐田 (ひずる)歌集
    上巻  下巻 
  佐田秀歌集「愚詠長歌百集」 宇佐郡史談会 昭和7年 発行
    
目次 
佐田秀について

佐田秀の歌碑と墓

 佐田秀真蹟
長歌

宇佐市指定文化財

千尋長歌


      
                 佐田秀歌集            上巻
(轟秀歌集)

文久二年初夏から文久三年暮れまでの歌百首(1862年~1863年)
 
    早 苗                   
五月雨(さみだれ)の降(ル)や 河内に 早苗とらすこ みの笠やなき みのはあれと (せな)掛け苗と     1p

笠はあれと 己ものす 田に立(チ)て しぬゝなぬれとゝ  早苗とらすこ
                              (しとゞに濡れつゝ) 
 
     羈 旅 歌
廣瀬を朝川わたり 小松山夕こえくれは 下市の千沼(ちぬま)の岡辺に 二つたつ

妻松か枝のから枝に よはふ
(カラス) 嘘言(をそこと)にも 児呂来(ころく)と鳴(ク)は はしけやし       2p
                          *ころく いとしい人が来る。
                    カラスの鳴き声に「子ろ来」の意を掛けた語。


妹を思ひ出(テ) たひ旅 ()も たゆるまで 嘆きつるかも


 
     譬 喩 歌
ひはりあかる野辺のさわらひ 生(イ)いつと人はいへとも 萌出(もえいつ)と我は思へと

つみにゆくつてをしらに 折りにゆくよしをあらにと いたつらにおきてそなけく  

野へのさわらひ

水渟木(とゝろき?)橋の池の 奥辺には鴨鳥(かもどり)よはひ 磯辺には をし鳥さわく 沖つ藻の

なひける君を 磯松の われ立(チ)まつと ()けやれと 我はよはへといひやれと

我は追へとも 心なき鳥のをしの鳥 鴨の鳥


 
     贈 舛 永 陣 正
朝もよし
杵築(きつき)の海の朝薙(あさなぎ)に きよる白珠 夕なきにかつく鰒珠(あはひたま) しらたまの      3p

見かほし君を  あはひ玉あはすひさみし 我こひにける


 
     相 聞
糸遊(かきろひ)のもゆる春野の 朝露に咲ける菫 夕風にしをるゝ茅花(つはな) すみれのすまぬ児ゆゑに 

茅花(つはな)の つはらつはらに 物もふ我は

空繭(うつゆふ)の 佐田の小川の 
(をち)かたに咲(ケ)る山吹 この方になひく藤浪 山吹の
(佐田にかかる枕詞 )

匂へる
(いも)を 藤浪のなみにし()はゝ 我恋めやも

にきひにし家を出 霞立野辺をめくり 
年魚(あゆ)走る川をわたり つゝしさく岡にのほり
(和び

桜さく山によち 春草のかたへ乙女か 春山の匂へる妹か

うるはしき(かつら)のためと うつくしき(かさし)のためと 
()をる花はも
(鬘(かずら)蔓草や花などを頭髪の飾りとしたもの。)

真木の立(ツ)山の山人 秋田かる里の里人 山にこそ杣木はきれ 里にこそ
秋田(あきのた)はかれ    4p
杣人(そまびと)のかけし墨縄 (すむ)やけく我名(わがな)名乗(のら)じ 里人の穂田(ほた)刈はか

端々(はつはつ)にか寄りあふとも 人にしらゆな

 
  万葉集四巻 (512)  草嬢(くさのいらつめ)の歌
 秋の田の 穂田の苅りばかか 寄り合はゞ そこもか人の ()(こと)なさむ

 
     述 懐 
さひつるや常世(とこよ)蝦夷(えみし)
 きたなき(やから)こにきしを 東路の波逆(なさか)の山の
(枕詞コトサエクに同じ)
 
                            
なさけそと人はいへとも 我心筑紫(つくし)の海の海のそこ 我はしのひす 避けてしをらん

筑紫の
水戸(みなと)八十(やそ)あり 八十島の島のさき/\住吉の神の守らす 海神(わたつみ)

沖のりめくり 朝(なき)来よる
亜墨利加(アメリカ) 夕なきに来よる英国 神風の

ふきのすさひに 荒浪の立(チ)のさわきに 己が舟のかへるもしらに 己が船の        5p

()るゝもしらに (ほころ)ひをる あめりかと いきりすと

八隅知之(やすみしゝ)わか大王(おほきみ) 高光(たかひかり)日のみ() (きこ)し召す蜻蛉島(あきつしま)しろしめす日本国を

(さひ)つるやとこよえみしか 言転(さへつる) 唐子錦(からこにしき)か 年に年々(けに)(あら)ひまゐき

月(ニ)日(ニ)戯事(たはわ)させすも そを見れは見遁(みのかし)こみ こをきけは きゝのゆるしみ
                             
 (聞きゆるされず)

君のため国を守ると きたひてし十握(とつか)剣に 厳戈(くわしほこ)(なめ)もちて (うち)てしやまん

 
     相 聞(あいきこへ)(恋)
霞ゐる(をち)の春山 我くれは山もよりきぬ 見わたせは花もさきたり 其山の

より来る妻を 其花の匂へるいもを 行きてはや見ん


  
見 花
桜さく春の山里 やまさとを我立くれは 山畑に菜つむをとめ うつくしき           6p

花をいつしか ゆきて
()折らん

 
     春 相 聞 
豊国の
鏡山(かゝみのやま)の 本辺にはつゝし花咲(キ)末辺には 桜花咲(キ)桜花さかゆる妻を

つゝし花匂へる妹を 鏡山見つゝしをれは 物思(ものも)ひもなし

(いも)が髪 由布の高嶺に 我妹子を速見の山に 朝さらす花そさくちふ 夕さらす

鳥そなくちふ 鴨鳥の声なつかしみ さく花の香をかくはしみ 霞たつ長き春日を

立てゐて我はそなけく をらぬ花ゆえ きかぬ鳥ゆえ

              
    
 
     春 旅                         
あゆはしる春の山川 山川を馬うちわたし 谷蔭をわかこえくれは 
向岳(まかつを)

さける桜に おもしろく来なく鶯 たひ衣ひもときさけて 独のみ見るしるしなみ        7p

(ずみ)の手にさゝけたる花かつらかけて(しぬ)ひつ 妹か笑顔(ゑまひ)

 
     春 相 聞
(おち)かたの岡辺の里に 夕されは烟たなひき 明くれは霞たなひく けふりの

憂鬱(いふせ)くもへと 霞のたちの(まか)ひに 見えぬ君かも

通女(をとめ)等か はなりの髪を打(チ)ゆすり由布のたかねの本へには  つゝし花咲(キ)
     
(髫髪うない)

末へには桜花咲(キ) 桜には鶯鳴(キ) つゝしには
雉子(きぎす)つまよふ 鶯のうつくし妻を

雉のなき 徘徊(たもとほり) 別れ来我は

 
      越豊後国東郡草地山之時作
生麻成(うみをなす)長岩たち ときはなす松行(キ)すき 荒尾川いかきわたり 草地山打こえくれは
(績麻成す 績麻は繊維をつむいで縒った麻糸。 
長いことから「長柄「長門」などにかかる。枕詞)

呉崎によする白浪 しく/\に妹か松原 小松原我をまつ妻か家の  あたり見ゆ        8p

   △万葉集巻十三(3243)
  おとめらが 麻笥(おけ)に垂れたる績麻(うみを)なす 長門の浦に
(以下省略)

 
     相 聞
我妹子(わぎもこ)が門の立木に 朝戸(あさと)出に来なく容鳥(かほとり) 夕戸出に来なく日くらし 容鳥(かほとり)
                                   (容鳥は美しき鳥の総称)


見か欲しいもを 日くらしのくれまつ いまに嘆きつるかも


 
    夏 相 聞
空繭(うつゆふ)の佐田の小川の 
遠方(おちかた)にさける卯の花 此方にはれる青柳 卯の花に

鳴(ク)ほとゝきす 青柳にとほす蛍 ほたるなす微見(ほのみ)し妹を 
霍公鳥(ほととぎす)

かけつゝ待(ツ)と つけん人もか


 
      初 夏
山吹の花ちる(なへ) 橘の花さく(なへ) 鴬の老ぬる音を 
子規(ほとゝぎす)なく初声を             9p

橘の花のまにまに 山吹の山裾わか聞く 花のまにまに


 
     相 聞
卯の花のさく山かけに 夕さらす鳴(ク
子規(ほとときす) 藤浪のちる岡のへに 朝さらす
                                    (朝さらず 朝毎に)

来なく
容鳥(かほとり) かほとりのそのかほよきに 子規かけてそ我なく 其鳥よきに

 
     詠 浦
菰枕(こもまくら)高田の浦 御命を長州の浦は 藻塩やく広き(なぎさ) おもしろき
(薦枕 枕 高にかかる)   
            

浦も(とどろ)によする白浪

 
 
     五 月 雨
真薦(まこも)かる淀のつき橋  はしもとに生るあやめ 早苗とる山田の沢水 さは水に
(枕詞 淀にかかる)

咲くかきつはた あやめ草あやめもわかす かきつはた垣ねも見えす 五月雨そふる      10p

朝もよし杵築(きつき)の田井の 上辺には水をたゝへ 下辺には早苗取(リ)つゝ 上辺なる
(麻裳よし 枕詞)

水をせきかけ 下へなる小田すきかへし (こゝた)くもいまたうゑねは 

せきかけし水もとゝろに あら小田を かへすがへすも 五月雨そふる


 
    譬 喩
足引きの山ほとゝきす 我門の五十槻(いつき)か枝に 我やとの花橘に 網こそは
                      (槻 ケヤキの古名 斎槻)  

張りて待(ツ)かに わなこそは はりて待(ツ)かに あしひきの 山ほとゝきす 

いまた(さや)らぬ

 
     朝 眺 望
夏の夜に()不寝(ねす)をれは 有明の月そてらせる 霍公鳥(ほととぎす)鳴(ク)そ(とよ)むる 其月の      11p
(寝を不寝おれば) 

てらせるまゝ 其鳥のとよむるなへ 東の海よりあけて 西の山をにほはす 

あさひ其色はも


 
     述 懐
鳴(ル)神の轟の池の 遠方にともす蛍 此方にさわぐ蛙  蛙の音のさやけく 蛍のかけの

涼しく 池水の心も清く てらす月かな

夏草の緑の山 冬こもりときはの山と こち/\の山のはさまゆ 瀧ちゆく水の響の
         (常盤の山)    (此方此方) 

轟の池の
にほ鳥 にほ鳥の()にも(かく)りて  われはすむかも
       
(カイツブリの古名)


 
     訪物集大人高世翁之途中二首
我妹子を速見(はやみ)はま風 (チ)よする辺つも沖つも 奥津藻の物集吾背を

見まくほり 我通ひちの 五湍河(いつせかわ)()渡り 八坂山いや越へくれは 朝もよし       12p

杵築の海の 沖まけて我まけて我思ふ君か 家のあたり見ゆ


物集高世(もずめたかよ)1817-1883 江戸後期-明治時代の国学者。
文化14年2月1日生まれ。豊後(大分県)杵築の商家の出身。漢学は元田竹渓,国学は定村直孝、
平田銕胤(かねたね)にまなぶ。杵築藩の国学教授をへ、神祇(じんぎ)官の宣教権少博士となった。
長男に物集高見。明治16年1月2日死去。67歳。通称は丈右衛門。号は葎屋(むぐらのや)。著作に
「辞格考」「神道本論」など。 (デジタル版 日本人名大辞典


 
    詠 鶉
白露のおくのゝ原の
初尾花刈り穂にふき 萩か花床にしき 我宿はこゝと定めて

我家はこゝと思ひて なく鶉あはれ 萩か花心もしぬに 初尾花そらもみたれて 

鳴(ク)鶉あはれ 我妹子を早見の郡(ノ)杵築なる我をまつ吾背 見まくほり吾通ひ路の

()川八(さか)川 幾人打ち人はせけれと 真杭打人はとむれと 早川のよとむことなく

行水のたゆることなく 在通ひ我はそわたる 広湍川八尺川

       万葉集十三 (3263)
   隠国泊瀬の川の 上つ瀬に斎杭を打ち 下つ瀬に真杭を打ち
   斎杭には鏡を懸け 真杭には真玉を懸け 真玉なす
ふ妹も
   鏡なす
ふ妹も ありと言はばこそ 国にも家にも行かめ 
   誰が故か行かむ


 
     文久二戌五月 往筑後国之時豊後山国而作二首   (1862年)

妹か手を馬城の山こえ  妻か目を辛島すき 梓弓屋形の原ゆ はろ/\と          13p

かへり見しつゝ 葦日木の山国川の 川(くま)の八十隈おちす 吾妹子に恋つゝくれは 

山もせにつつし咲き 野も多に馬酔木花さく 愛妹ちふの花の 愛妻ちふ花の 

馬酔木なすてり出来ぬかも つつしなす匂ひこぬかも 草枕旅の名草 手折りてゆかむ

草枕たひに出立テ つぬさはふ岩坂を越(ヘ) なつそひく宇佐川わたり 広幡八幡神に 
         
(つのさはふ 枕)

手向草ぬさとりおきて うちはたす麻生の杉村 過きかてにかへり見しつゝ 

梓弓矢山打こえ 日田人の真木なかすちふ 山国の川の隅々 我妹子に恋つゝくれは 

さにつらふ未通女を居て たらちねの母か守核(もりさね) はしけやし我をもる妻し あやにかなしも
                      
(可愛らしい)

 
     更 衣                                        14p
鶯の鳴(ク)春山の桜もて染めてし衣を さぬつ鳥かけらふ野辺の 若草もてすれる衣を
                   
(狭野)

郭公来鳴く五月の 菖蒲(あやめくさ)綾なくぬきて 卯の花の白木綿(しらゆふ)衣に かへてきわれは


 
    相 聞                            
(きゝす)鳴(ク)(むかつ)の岡に 朝日に匂ふつゝし 夕日にてれる馬酔木(あしひ) 朝日成(ス)目細(まぐは)し妹を

夕日成(ス)裏細(うらぐはし)妻を 馬酔(あせび)木のてれる盛りに つつしの匂へる時に 相見つるはも


 
    
武蔵のひろき荒野に 鳥網張り わなはりおきて己かつまを とらくをしら

に己かひ子をとらくをしらに 鳴く雉子あはれ 狩人の猟矢(さつや)たはさみ

鵜のねらひよらくもしらに 鳴(ク)雉子あはれ
                                15p

 
     詠 鯨 鰐    申子之年歌
をとめ等か麻笥(あさげ)にたれたる 生麻成(うみをな)(ス)長門の海の 奥辺より 縁来(よりくる)鯨 (うらわ)回より
            
(績麻なす 枕詞 8P参照)
因来(よりく)る鰐 おきへには七重網はり うらまには八重網張(リ)て 弥守り待(ツ)らくしらに

いや囲みとらくをしらに 朝潮の満来るまにま 夕浪の縁来(よりく)るまにま

漂いくるかも 鯨と鰐と


 
      七 夕
久方の天(ノ)川原の 遠方に妹たちまつと このかたを いわたりなつます 
                               
(渋滞)

彦星あはれ 天人に我しありせは 舟かさましを 梶貸さましを 彦星あはれ          16p

 
     雉
つゝし花さける岡辺に 若草のつまを()かんと ぬえ草の妻問ひすると 
                      
  (萎草 枕)

なく
雉子(きゝし)あはれ 狩人の猟矢(さつや)たはさみ うかねらひよらくもしらに
                 
(窺狙ひ)

小笛ふき()らくもしらに 鳴(ク)雉子あはれ


 
     訪物集高世翁之時山浦坂ヲ越ノ時作
天飛也軽野(かるの)の舟の 大舶の水馴(みなれ)磯馴(そなれ)て (あらたま)の年ふることに (いや)日異(ひげ)に事は

おほけと 八千草に業は繁けと ()しけしや かくはし君に 玉筺(たまかつま)()むと思ひ

て米神の嶺のたをりに 咲(をし)る桜をらす 佐田川 の瀧津河内に さはしる
       (撓 たおり 山の尾根の低く凹んだ所)

年魚をもとらす 枕は妻屋のうちに いふかしみ 我とひさけむ 古の道の学の

種々の事かさねもち 玉梓の道に出たち (すげ)を笠打もかつかす 手束杖

手にたにとらす 山浦のみ(さか)た廻はり 由布の山(そかひ)に見つゝ すく/\と

我こえくれは 朝もよし杵築の海の おきまけて我思ふ君か 家のあたり見ゆ         17p
                      
  (枉げて)

 
      詠 鶉
春去れは野辺の遊ひに 若草の(うれ)つみからし 里人の通ひし小野も 秋く

れは道もわかれす 八千種の花咲(キ)匂ふ 其時をなつかしみかも このときを

面白(おむか)しみかも 初尾花しをるゝ蔭に 萩か花みたるうへに 我宿はこゝと

思ひて 我床はこゝと定めて 秋風の寒くふく夜も 
九月(ながつき)の時雨降る夜も 

若草の妻
(まく)らむかあはれ鶉は

 
      鹿
露霜の秋の夕は 梓弓いつくはあれと 春日をかすかの山の高椋(たかむく)の三笠の
          
(何処)           (幽)

山に久方の月にきそひて秋萩かしからみちらし 里人を安寝(やすい)しなさす若草           18p
             
(柵 しがらみ)

のつまよひとよめ 佐袁鹿(さをしか)鳴(ク)も

 
      文久二戌五月四日 越 熊 村 坂 之 作     (1862年)
打木綿(うつゆふ)の佐田の里 さかね熊村坂を 道の(くま)(さか)ることに 吾背子に
                            
こひつゝくれは 足引きの山のとかけゆ 郭公いやしくいやしくに 我妹子をかけつゝもとな
             
(常陰 とかげ 山陰)(弥頻く/\)          しきりに  

我を()し泣くも


 
 △万葉集巻二十 (4437)
  ほととぎす なほも鳴かなむ もとつ人 かけつつもとな ()()し泣くも



 
    同 時
草枕(たひ)にゆかもと 母刀自(とし)に申し別れて 岩根ふみ 矢山こえすき あらしをも

い立はゝかる 足引の山国川の岩崩(いはくえ)(くえ)ゆくことに 家人(いはひと)
                       
  (上代東国方言 「いへびと」に同じ)  

こひつゝくれは野司に卯月花さき 川岸につゝし花ちる 己か花のみれとあかなく
     
(野路) (ウツギの花)

己か花をりはをりしか なくさむる心もあらなく 思ひやる(すへ)もさねなし        19p

たらちねや母とふ花の (おや)しくい咲き出こぬかも 打手折(うちたを)り旅の(なぐさみ)に (さゝ)()てゆかん

       △万葉集巻二十 (4323)
       時ときの 花は咲けれども 何すれど 母とふ花の 咲きでこずけむ

               防人 丈部真麿(はせべのままろ)


 
     同 時
足曳の 山国川の 川そひの岡への道ゆ はろばろと たまはりくれは (むかつ)岡の

岩根(いはかね)こすけ 管の根の長きこの日も いつしかと暮(レ)行(キ)にけり 

()古佐伎(くさき)の道のはた出に 烟立つ賤か家むら吾妹子かやとは()さなも ゆるせ吾大人(うし)
(行くさき)

 
      同 し 時
唐衣すそに取(リ)つき なくこらを家にうちすて 草枕旅に出たち 梓弓矢山を

越行(こゆ)く 其山の手向に立(チ)て はろばろと かへりみしつゝ いや(をち)に        20p
       
(峠)

へなれる山を いや高にかさなる峯を なひかえて我はおせとも かゝよれと我はつ
(隔る)

けとも心()ひ山のかくせれ 思ひやる 我家も見えす 玉鉾の道のくまぐま 吾妹子を

こひつゝくれは さにつらふをとめと居(リ)て たらちねの母か守核(もりさね) (はし)きよし
           
(枕詞)

我をもる児等し 綾にかなしも


 
     新 樹
由布かねに霞たなひき  (まかな)しけころか垣へに  若めも(いはら)ろ柳の うちなひく

春しいぬれは 唐衣夏し立けれ あしひきの山へもしらに 水枝指

()けらふ木ぬれ 日か照れは匂ひさかえ 風ふけは篠野(しぬゝ)なひかひ このくれ良けくをみれは
   
 (梢)                 (篠 しのに同じ)

霍公鳥なこへきしたに なりにけろかも 


 
     同 月 登 筑 後 高 良 山                          21p
しらぬひ築紫の国に 高山はさわにあれとも 名細(なぐわし)き峯は多けと (はし)きや

し高良の高ねに 宮柱大敷ませる 大神を(をろが)みまつり 玉垣のい垣に立(チ)

て 国の()を延てたるみれは 百千足(もゝちだ)屋庭(やには)を多み 遠方に煙たちこめ

国の()を広みと()ほけみ 遠かたの山さへ見えす (いた)にやし 築紫の国
       
(遠検見 遠見検見)

()た尊ふと 高良のたかねに (うへ)しこそ 神の御代より 此の山にしつまりま

して この国を(うし)はきませる これの大神


 
     同 月 宰 府
草枕
(たひ)をゆゝしみ 返らんと心は()へと いなむとは心はもへと 卯の花を

くたす
霖雨(ながあめ)の きのふ降りけふも降りつれ 日子の山雲ゐたなひき 甘木川
                        
(彦)

水かさまされゝ 越えゆかむ山路も見えす わたり行(ク)川も深けは 心のみ        22p

家にはやりつ 我はこゝにして 
 

 
     詠 花
桜花山にしさけは  思ひやり吾恋うふる花 みまくほり 吾()つる花 宿に生

ひは手に折りもちて 庭に咲は見ぬときもなく 我か恋ふる桜の花 其(ノ)にほ

ひはもあはれ 高山の峰なる花 たをりてもほしき花かも 根()してもほ

しき花かも 足曳きの山ゆきつ (とく)乞はむ子の為

春霞たなびく山の 峯なたをりそ 鶯のつまとしたくひて おもしろくさへ

つる花そ うるはしく 来ゐる花そ 夢をるな人 花をりそね 花は

 
      
足引の山へたちく 来なく鶯 鶯に花はさくやといひつらひ 有(なめ)すれと           23p

問ひつらひ 有なめすれと こたへたによくもせすして 
()にし鶯

春山を我こえくれは もとへには白雲かけり 末へには霞たなびき 花のさく 

山の()に 道はうせつゝ

桜さく春の山へを 山のほりわかのほれは 山のへにたてる白雲 白雲と見

ゆるは花か 花ならば手折りてゆかむを 猶や 白雲

 
     鶯
春山にさける桜は 匂ひのよろしき花の なかめのあかぬ花そ おもしろき

花見にいさと さそふ鶯 

 
    
わが宿の園生(そのふ)のうちに 小柴垣(こしばがき)ゆひて植えし 青菜を 笹垣あみて              24p

植えし大根 花こそは咲き匂ふかに 露こそは置き添ふるに 何しかも 手

かひの蝶の こえて行(キ)つる

 
    あ る 里 () う た の 心 を
(おち)の山こちの山 こえすきかねて 我をれは 中川の川瀬に立て布さらす妹

そはや 誰ためにさらす
調布(たつくり)  うつくしき君かみためと うるはし

き君かみためと 川浪に
裳裾(ものすそ)()つち さゝれ石に足ふみつゝ すらす調布(たつくり)

 
     述 懐
鶯のなく春山に 白栲にさける桜 雁か音のくる秋山に あかねさしもみつ

る紅葉 春霞立出てみれゝ 時雨の雨ぬれつゝ見れゝ 春毎になかめも           25p

つきす 秋毎に見れともあかす おもしろき山そ 春の山 秋の山

 
    相 聞
紅の
八入(やしほ)の色の あからひく 妹か下紐 解なくに金門(かなど)に立(チ) ()はな

くに垣つに
(かく)りをりて 我はそ恋る妹か下紐

 
    
千早振る米神山の をのへには霞たなひき 半には桜花さき 麓にはつゝ花咲く

尾上にたてる霞の たなくもり 春雨のふりしきるちふ 春風の吹きす

さふちふ 其風の吹かくもしらに 其雨の降らくもしらに 匂ひをるかも

さくら花とつゝし花と


 
                                              26p
(たぎ)ちゆく広瀬の川の (をち)かたに咲ける卯の花 このかたにはれる青柳 卯の花を

くたす霖雨の 終日(ひねもす)くらし夜わたしふりて 五月(さつき)闇 あやめもわかねは 

卯の花のしけみを出て 青柳の糸も乱れて 川浪の匂ひてるまて 川岸のかけ 見ゆるまて 

夜もすからともす蛍 誰かためにあかしてともす ともしひそ そは

久方の天行星の まかひては雲にもとひ 水底に沈ける玉の わすれてはそこにも匂ひ

夕闇のおほつかなくも とふ蛍哉 


 
     聞
鶯の鳴きし
上枝(ほつえ)に 孫枝(ひこえ)もひなれる梅の木 白雪のかゝれる枝に 深みとり

しける松の木 鶯のうつくし妻か その梅の実にはなりしか  白雪のいふりかへれと      27p

深緑ふかくも我は 松の木梅の木

夕されは
金門(かなど)をたて 明くれは妻戸をひらき にほ鳥の二人ならひゐ 我妹子か

うゑてかへりし 我やとのつゝし山吹 朝にけに出見ることに 山吹の匂へる姿 

つゝしのてれる面輪 おもかけに見えつゝ 妹はわすらえぬはも

 
     卯 花
妹か髪由布のたかねに 降しける天の白雪 みしものまはゆきまてに 白栲に

さけるうの花 子規来なく五月の 夕月夜 月夜になそへ 見れとあかぬかも


 
      更 衣                                       28p
鶯の鳴く春山の 桜もて染てし衣を 佐ぬつ鳥鳴(キ)
(かけ)らふ 野への 若草も

てすれる衣を 子規来なく五月の あやめ草あやなくぬきて かきつはた匂へる衣に

(かへ)てきわれは

 
     瞿 麦(なでしこ) 花
明くれはて(たつさ)はり 夕されは床にこいふし なでしこの笑顔(ゑまひ)惑ひき

打(チ)しなひ たゝりしもころ 咲(ケ)るなてしこ

 
      訪 御 堂 義 路
あしひきの山蔵立 うつゆふの佐田川わたり 熊村の道のくま/\ 隈もおちす

打こえきにて 広幡八幡に 手向草ぬさとり置て 御心を長須の原を

くれ/\とたまはりゆけは さまつらふ乙女の海の 沖()けてわか思ふ          29p

君か家のあたり見ゆ



 
     冬 日 詠 歌
久方の天つみ空ゆ 流れくる天の白雪 あすれそ一夜のからに 真白に

まはゆきまてに 布こそ白くさらして 泊木(はつき)結ひかけて干すとへ ゆふこそは

白くおりたて み(ぬさ)にも取てかくとへ  愚かなる痴れたる吾も 朝戸出に

見れとあかぬを みやひたる人はこと/\ おもしろみふみてか見らん

うつくしみおきて見つらむ 里もせにふりにし雪 白布のこと白
木綿(ゆふ)のこと


 
     閑 居
おく山のしはの醜屋(しきや)に 間なくそ木の葉はちれる 時なくそ時雨はふれる           30p

木のはのつもり/\て 時雨のしくれしくれて 冬こもりすも


 
       相 聞
真木の山やまちたまはり かへりみす吾こえくれは ふるさとのあさちの原に

かへり来て吾はやこひむ 我妹子はかけて吾をよふ 袖はふる/\ 呉崎の

新開浜に もしほやくあまのをとめ子 をとめらか玉て 真玉手 さしかへして

真木の山へを はろ/\と我こえくれは  山のへに根這ふ松の木 待たしけむ

心やさしみ みとりこのはひ 
(もとほ)り いねてくわれは


 
      待 鶯
梓弓春はきにしか 鶯もいまた鳴ねは 梅花(こゝ)た咲たり 春風は早くふけこそ

匂ひ香をそれにたくへて あしひきの山へにやらむ 鳴(キ)来むため
               31p


 
      贈 渡 辺 重 明
ますらをか手握(たにぎ)る太刀の つかのまもた忘れかたき父母(たらちね)のこと いとをしみ

打しなひもの思ふわかせ 然許(しかはか)りものな思ほしそ 天地はひろしといへと 
        
 (兄)

日月(にちげつ)は明しといへと 君かため 神もちはこむ 親やかため人も助けむ 

日月の赤き心を 天地にひろくいふらし 人みなにますらたけをと 仰(カ)れわかせ
                       
(益荒猛男)          (兄)


 
     
豊国のかゝ見山を かけまくもゆゝしかしこき 父母の日の神の道のかきりを

かゝ見なす くもることなく 真心をいよゝ()かして 天の下青人草を

大直日神(おおなおびのかみ)の直日に 導ひかせ君
                                           32p

 
     賀 痴 鶴 劉 之 七 十 壽
久方の天とふ鶴こそ 千代五百代生けりといへ 其鶴の齢にあたへる 其鶴の

名にしおひたる ()しきよし我なせの君つるのこと 千年五百年 ありこせぬかも


 
     花
春山の霞かくれに 白栲にさける桜 見まくほり 我するなへ 春風もふき

拂ふるに 春雨もふり(そぼ)つかに 何しかも春の霞のたちかくしつる


 
     春 月
春花のいやめつらしく 春鳥の音なつかしき うつくしき妻まつことく 春夜の

よいもねなくて 久かたの天つみかほし みかほしと我まつ月を 雲な隠しそ         33p

 
     譬 喩
吾妹子かそのふの中に 朝露に匂ふ山ふき 夕日にてれるつゝし つゝしの

てれるさかりを 山ふきの匂ひなからに 過しけるかも


 
    讃 加 来 光 之 が 小 松 之 新 田
夕去れは 金門(かなと)をたて 明くれは朝開きせし うつくしき小松か原は

山たかみ 鳥かね(しは)なき 川ひろみ年魚(あゆ)児さはしる 川となすひろき川原に
       
(そこはく)の小田()りつくり 山へゆは水せきかけ 川へには石つきあけ 雨
                    
ふりて水はいつとも 日照して水はかるとも ()れる田の()ゆることなく

殖し田のしほむ事なく とこしへにかくしもかもと 手もすまにいれゝつくれゝ         34p
                        
(手を休むるひまなく)

此川の絶すのみこそ 此山のつきはのみこそ 君つくる 新開(にひばり)小田のやむ時もあらめ

 
    子 規
うの花をくたす霖雨の ひるくらし 夜わたしふりて 五月闇あやめもわかねは 

足引の山へたちくき 我宿の花橘に はろ/\に鳴(ク)ほとゝきす あやめ草

玉ぬくまてに 夜もすからなけともあかす いやをちにきなきとよもせ やむときなしに

卯の花のさく山かけに 藤浪のちるをかのへを 我里はこゝと思ひて 我宿は

こゝと思ひて ひたなきになく 子規 藤浪の日並(ひなみ)しきけと 卯の花の憂

けくもあらす なく(こと)にかけてあはれといはぬ時なし                35p

 
     新 竹
我宿の
細小(いさゝ)()竹 むら/\に生る竹の子生ひしより 幾日(いく)かもあらねは

五月雨の雨間もおかす 子規来ゐてなくへく しけりあひにけり

 
     夏 月
郭公鳴く山かけに 呼ふ鳥よふ 山谷かけに 木のくれのおもつかなくも

てる月夜かも


 
     譬 喩 

五月やみ 
菖蒲(あやめ)もわかぬ よひやみに覚束なくもとふ蛍 何しかも(とも)

ともしひ あかねさすひるは物思ひ ぬはたまの夜はみたれて ともすともしひ

 
   
  文久二戌十一月 島原藩士坂本是政将にかはりてよめる (1862年)            36
                       
        この長歌の佐田秀真跡画像
 (あき)つ島日本国は 天地の神相集ひ 皇祖神(すめろき)御霊(みたま)(たす)け ものゝあひ
 
 つとひ 天皇(すめろき)仕奉国(つかへまつる)そ (かしこ)きや吾大王(おおきみ) きこしめす 天下(あめした) 国はしも(さわ)
 にあれとも 城はしもおほくあれとも 馬のつめ筑紫(つくし)の国は 天地(あめのした)日月(ひつき)(むた)
()りゆかむ神の御面(みおも)と 国毎に 神の名(おは)し 御名(みな)ことに 国の名をはす
                                         (かゝすトモ)
 其中に(き)(くずし)白縫肥前国(ひぜんのくに)の玉勝間 島原城ハも 天皇(すめろき)遠朝廷(とほみかど)
 (あた)(まも)押塞(とりで)()そと 東の幕府の 恐くもまけ)玉ひ くも(よさ)し玉へれ 負持(おひも)
たし国しき()らす 吾君の遠つ神祖(みこと)はも 東照神内部(うちのへ)に奉仕
 外部(とのへ)に立(はべ)らひまつろはむ国を治むと 血速旧(ちはやふる)人をやはすと 御軍(みいくさ)()前に
 (たゝ) かへり見す 御楯(みたて)となりて ゆゝしくも奉仕(つかへまつ)(レ)る 丈夫(ますらお)(みこと)にしあ          37p
れは そこたくの国負もたし こゝはくもめくみ玉ひつれ 生()れいつる御子
   (若干 幾秤)      (幾許)          (ませるトモ)

のこと/\(つきの木のいやつぎ/\  木綿花(ゆふはな)の栄えいまさひ 御民(みたみ)をら(めぐみ)
玉へれ 奉仕(つかへまつ)(おみ)(やっこ)(しき)ませる国も(あがた)も 万代(よろづよ)に かくしもかも
 御仁政仰てまつに 迷言(およづれ)狂言(たはごと)とかも 出(いづ)る日の 暮ぬること照月(てるつき)
の雲かくること 行水(ゆくみづ)の とゝめもえねは 紅葉の過(キ)ましにけれ 日はもなけ
                                              (昼はしトモアリ)
かひくらし 夜はもいきつき明しなけゝとも 印なみ くもり夜の迷へる
間に つかへくる臣の人々 事計(ことはかり) 計り定めて 鳥か鳴く東国(あづまのくに) 国はし
  (有職の)
(さわ)にあれとも 君はしもおほくませとも 衣袖(ころもで)常陸(ひたち)の国は 武士(ものゝふ)
健甕槌(たけみかつち) 大神(おゝかみ)鎮坐(しづまり)います (くしき)国 畏き国の かしこき国のこと/\
しきませる水戸の君はも (いにし)への事をしぬはし 玉ちはふる神をいつき 千早          38p
振人を平らけ天下(あめのした) の国のこと/\ まつろはぬ蝦夷(えみし)(とも)を はき清め事
(やは)し 敷島(しきしま)日本魂(やまとこゝろ)天皇辺(すめらべ)に極めつくし 剣太刀 (つるぎだち)いよ(とぎ)置て
大将軍の 御楯とならむ と言立(ことだて)し清き其名に 天地にたらはしてあれは 仕
る臣はもまめに (あれ)ませる御子(みこ)はも(さとり)り賢し (かしこ)きや其御子(みこ)をしも
(たづ)の迎へ参入越(まいりこ) 嗣(つぎ)の樹のいやつき/\に いやつきにつきて立つ
れ くもりよの明ゆくごと 朝月夜(あさつくよ)赤き心を人みなの つかへまつろふ そ
を見ればあやに(ゆゝ)しみ  此を思へは(いよゝ)(とぼ)しみ 頑固(くなたふれ)蝦夷(えみし)かと
もの 千万の軍あともひ 大船の()ゆも(とも)ゆも 火矢放ちすゝしきほひ 
て おほゝしく今もよせこハ 天地の神をこひのみ 御軍の()前に立(チ)
焼刀の 手柄押ねり 白真弓靫 取負て 神風のいふき迷はす 天雲の              39p
(きら)ふ火中ゆ 投矢(なげや)もち海に射()しつめ 打さため 払ひ平らけ 日の本の
日本の国の 神稜威(かむいつ)の畏き事を 丈夫(ますらを)()手内(たなぬち) 天雲(あまくも)の向伏
極 谷くゝのさはたる限(リ天地(あめした)の至れるまてに 蝦夷(えみし)等か聞迷ふま
 くぐ(磚子苗・莎草)カヤツリグサ科の多年草。
 たふれらる見おつる迄に 神風に伊吹(いぶき)まとはし 天雲にいひはふら
して (ゆか)水漬(みづく)(かばね)  陸ゆかは草生(くさむす)(かばね) 天皇(すめらき)に つかへまつり 我君(あがきみ)御楯(みたて)とな
らむと 思ひさため羊蹄()
  △海行かば水漬く屍山行かば草むす屍大君の辺にこそ死なめ(万4094) (大伴家持)

  菊
吾が背子か垣内にさける 白菊の花 手をりても ほしき花かも 根こしても

ほしき花かも 限りなき 君か齢になそへつゝ見む


   七 夕
久方の天の川原に 秋まつといむかひたゝす 彦星はもあはれ 天人に我し          40p

ありせは 舟貸さましを梶かさましを 彦星あはれ


   雉 子
つゝし花咲(ケ)る岡辺になくきゝしあはれ なく雉子 若草の妻を(まか)むと ()

くもるひなをよはふと なくきゝしあはれ

 
  述 懐
剣太刀五百千(いほち)もかも 丈夫もよろつもかも 言(さへ)くえみしかともを い()

りきて 君にまつりて 国をさむ物


   渡邊重明か兄弟ともに豊後の杵築にものまなひしに行(ク)とて
豊国の杵築の海に 玉ひろはすこ 何にしかも袂ぬらして玉はひろはす            41p

うつくしき母かみためと いそなみにもの裾()つち おむかしき父かみた
                         
(このましき)
めと かきからに あしふましつゝ 玉はひろはす 


   
霞立春の山へにうるはしくさける桜 ゆきてこそ花をはらめ 遠目は

あはれ

春霞たなひく山の 
八尾(やつを)から咲出る桜 まねけとも山しよらねは 引よろ

てをるよしをなみ ありけとも谷し
(ふか)けは いたわりて見るよしをなみ

心のみ花にうつして我はこゝにして 

奥山に桜花さき 八尾には霞立(テ)りと 鶯の山へたちくき 野をかけり我には

つけつ 花のさかりを                                  42p

桜花さきてうつろふ 轟の池の水面に 奥より咲きくる風 いそへより立

くる浪おきつ風いたくな吹(キ)そ 辺浪(へつなみ)いたくな立そ おもしろく咲(ケ)るさく

らの かけきよくうつれる花の 浪のうへにちりて 浮かはゝ 水底にみた

(しつ)まむ事をしそ思ふ

春山の野への遊ひに行(キ)ませこ 鶯の来なく梢に 行ませる つとはあらむそ

行ませこ 春の山へに

   
鶯は人のめつる鳥 明くれば桃にさへつり 夕されは桜に来なく おもしろ

き鳥ぞ春の鶯


   惜 花                                       43p
くれて行(ク)春の川へにおもしろく咲(ケ)る山吹 山吹をいわたり行(キ)て 衣てに匂ひ

はすとも たもとにし()はつくとも 打たをり我は挿頭(かさ)さむ 春のかたみに

    あ る 里 () う た
たか山に春を巣くふ鳥も 生しける蔭によりてそ 大川のせにすむ魚も 行(ク)水

にすむによりてそ うつせの人は人をめくまむ事をのみこそ


   
庭中に菫をうゑ 垣内に青菜をうゑて その其中に
(てふ)をよひこし おもしろ

く花に遊はせ 紅そめの博多の帯の うつくしと 我みる蝶を人な追

ひそね


   相 聞                                       44p
片岡の松の木陰を 行なつむ妹草ふかみ 道やまとへる 道()はみ(くつ)や破

れたる 道はあれと(ひた)にもゆかす くつはあれとはきてもゆかす 此岡の松

のこかけに立(チ)かくれ君をそわか松 まつのこかけに


 
    
鶯の谷より出て 霞みゐる梢にうつり 己が名を花にゆつりて 谷辺にと

隠らふみれは かなしきろかも


   春 日
(こもり)春去りくれは 山へには桜花さき 里へには霞たなひく百鳥のさへづる

春の 人みなのうたふ時は 霞たつなかき春の日


   あ る 人 の 八 十 の 賀 に                         45p
翁さひするやこの春 君こそは世の長人よ 君こそ代の遠人よ 手束杖腰

(たか)ねて 老らくの千年の坂を七かへりつきて来ませと まをしはやさも

まをしはさも

    河 辺 暮 春
行春のをしきあまりに またき行(ク)春にもあふやと 川のへに我出みれは 川

浪にうつる山吹 川風になひく藤浪 山ふきのやますわれ見む 藤浪のなび

く限りは春止まれこそ


   述 懐
我やとの門に戸口に 朝ことに
そなくなる 夕毎に犬そほゆなる 此鳥は

時のしるし 其犬は門の守り 門守る犬にも似す 時告る鳥にもあらぬ わ          46p

れや何なる


   
雲雀なく春野の菫 をとめらか けふそつむとふ うなひこか明日こそとる

とふ つみにゆく けふは日もよし とりに行(ク)あすは時よし いさわれも

それにましりて をとめさびせむ

          
   佐 賀 の 関 の 浦 な る 白 黒 石 を よ め る
浜脇の浦のみなとに 
(ひた)向ふ関の岬に わたつみのそこさへひけり 白石よ

ると人つく 打寄する浪さへ黒く 黒石ありと人のつく 奥へ風いたくなふ

きそ 奥つ浪高く水立そ 朝しほにい漕きわたり 夕なきにい拾ひもち来

て 我妹子に(つと)におくらむ 我せこか玉にはやさむ 白石黒石
                       47p

    見 花
三吉野のよしのゝ山に 桜花わか見にくれは 本へには霞たなひき 末へに

は白雲かけり 打わたす谷をふかみ よちのほる岩をこゝしみ けふはくれ

この日はくれぬ 打手折いさもていなむ よらせこの山


    佐 久 間 種 か と ふ ら ひ 来 け る 時
なつそひき上野の原の 上つには古草生り 下へには新草生る 新草に古草

ましへ 古草に新草ましへ 新草のしかいろ/\に 古草のそのかす/\に

うたひわけ よみわけましゝ あやさ
(たふと)

   
たらちねの母かこふこの 眉こもりこもれる妹か 朝戸出に咲るまよひき           48p
      
(飼蚕)  (繭籠り)
夕立と出にしなふおもかげ まよひきの咲ぬる花を おもかけのしをれぬ今

に 打たをり吾はかさゝむ 山桜花


    往 豊 後 日 田 之 時 山 国 之 駅 而
豊国の鏡の山を かけまくも みまくもほしき おきつもの物集わが背と

(たつさ)ひ共にかたらむ 草枕旅に出立ち 岩ねふみや山越(エ)すき 足引の山

国川の 川そひの岡辺の道ゆ はろ/\とたまはりゆけば むかつをの岩か
                           
(向ふ峰)
ねこすげ すかの根の長き日も山国の山のはさまに けふはくれ此日はくれ

ぬ 打わたすあらゝ松原 烟立つしつか家むら 吾妹子か宿は(かさ)なも ゆ
                            
(貸してほし)
かせわか大人(うし)

  早 苗                                       49p
この苗はわかなへならす はしきよしいものみことか 手肘(たなひち)
に水泡(みなわ)

きたり 向股(むかもゝ)
(ひちりこ)かきよせ 手もすまにとれる早苗ぞ 植まさねささ
                               (手を休めず) (植えよさあ/\)

 
   和 佐 久 間 種 之 歌
(そま)立てる緑山を 我国の真恒となし しみたてる青垣山を我宿の壁としな

して うつゆふの籠らひをれは 年月のゆかくもしらに 春秋の過日もし

らに霍公鳥(ほととぎす)君がはつねに 轟の此山里も 夏をしるかも

   相 聞
紅の八入(やしほ)の色の 赤らひく妹かしたひも とりなくに金門に立(チ)ゆはなく

に垣へにかくりをりて 我はそ恋る 妹か下紐                       50p

   春 の 旅 に ゆ く 人 を 送 る と て
春花のいやめつらしく 春鳥の声なつかしき はしきよし わかなせの君

足引の此山へから 這ふ蔦の別れしゆけは桜花ちりのまかひに 鶯の鳴の

すさひに 君が振るたもとも見えす 君かよふ声もきこえぬ 言はむ(すへ)

()(すへ)しらに 行先の道のくま/\ 春霞い立ふさかり 君をとゝめよ


    春 葉
鶯のなく尾上の 桜花ちり行(ク)なへ 呼ふ鳥よふ山かけの 藤浪のさき行なへ

足引の山の木濡れの 打なひき春は深くもなりにけるかも


   な て し こ   (前出なれど)
明けくれは手をたつはり 夕されは床にこひふし なてしこかゑまうふるまひ         51p

打しなひたゝりしもころ さけるなてしこ


   
桜花咲ける梢を 鶯のはふきもとほり さへつれは 花はちりぬ 花衣そめ
         
 (羽たゝきまはり)
なむ人は 今すけにこね


   述 懐
亜墨利加と英人は 人なからこれそえみしよ 人なからこれそえみしよ 人

は君子そ あきつ島日本の人


   
我やとの園生の中に 小柴垣ゆいて 植し大根 小笹(をさゝ)かきあみてうゑし          

青菜 花こそはさき匂ふかに 露こそはおきそふるかに 何しかも手かひの          52p

蝶の こえてゆきつる


   雪 中 梅
白雪のふりしく宿に 玉霰手走(たばし)る庭に 雪霜の木綿(ゆふ)と見るまて 霰なす玉と

見るまて さける梅はも 冬籠り春待ちかてに鶯の声聞(キ)かてに 咲ける梅はも


 
   歳 暮
春されは花見てくらし 秋つけは月見てあかし 月花に心やりつゝ 璞の月
 
日過(ゴ)せり 我宿につもる白雪 しらゆきもいまたきえねは 我門に立つ梅か

枝 その花もいまたさかぬに 年の知るらく


 


   

                                下巻                           
                        愚詠長歌百首   佐田 日出留
                      慶応元年丑六月より九月まての詠百首    (1865年

   春 光 日 々 新                                53p
冬隠春去りくれは 朝には桜花さき 夕には桃の花さく 桜には朝日にほひ

桃には夕日てりつゝ 鶯のきのふの初音 容鳥のけふの初声 けふけふと鳴

くこそまされ うらくはし春の此日

   万 物 感 陽 和
冬隠春去りくれは 咲かさりし花も咲きつゝ 鳴かさりし鳥もきなきぬ 春

花の己か色々に わかめもいをゝりにをゝり 春鳥の己か声々に 初音なき
            
(生ひ茂り)
名のりに名告り 朝月夜朝日は匂ひ 夕月夜夕日はかすむ 人皆の心もしぬ

にうちなひき
誠可愛(まかな)し春の後にまかなし

   立 春 梅                                     54p
我宿の庭の梅か枝 かたつ枝は 未たふゝめり かたつ枝ははや咲(キ)たりと
                 
(つほむ
降(リ)つもる雪ふみならし 朝戸出に出立みれは 
(みんなみ)(ほつ)枝の小枝 まさやか

に匂へる朝日 けふはしもいくかとよめる 昨日こそ冬はくれけれ けさこ

そは春のたちけれ 梅花かく
()けらすは 冬隠春立ことを 打なひく春来る

ことを雪のうちに いかてかしらまし 我宿は梅か枝よりそ 春は来にける


   霞 中 鶯                                     
冬籠(リ)春立田山 もとへには桜花さき 末辺にはつゝし花さく 桜花
(さや)には

見えす つゝし花つゝめる霞 春霞 かすみはくれに来なく鶯


   門 柳
吾門の五本柳 春されはもえにもえつゝ 春雨にしめぬにしをれ 春風にた          55p

わわになひき 来る人を糸もてつなき 行人を糸もてとゝめ 吾妹子は立居(たゝ)

りしもころ 未通(をと)め等かたゝりしころ 立る青柳

                    
   霞 隔 遠 樹
遠方の衣榛原(はきはら) うちわたす妹か松原 春霞いや立かくし 八重霞いやたちへ

たて 我みるや衣榛原(はきはら) 我見るや妹か松原 まち見てもさやには見えぬ 春

の霞に


   嶋 霞
我妹子に淡路の島の奥辺にて釣する小舟 浜辺にて藻塩(もしほ)やく白水(あま)郎あま

をとめやくや煙の うちかすみ かすみに霞 あまをふね さやには見えす

あはち島山
                                                         56p

  花 初 開
(から)衣立田の山はうちなひく 春ゆくと 朝には桜花咲 夕には鶯来鳴 其花

の香をかくはしみ 其鳥の声なつかしみ 立田山我立見れは 春霞かすみか

くれに 白栲に咲き出つる桜 めつらしく来鳴く鶯 鶯の声はつ/\に 桜

花さき出る花を みるかさやけさ


   花 満 山
み吉野の吉野の山に たなひくや雲と見るまて ふりしくや 雪と見るまて

咲(ケ)る花はも 鶯の声さへかすみ 容鳥の声さへにほひ 咲(ケ)る花はも

  落 花 浮 水
瀧の()の三舟の山の 本辺には桜花咲き末辺にはつゝし花さき つゝし花雨          57p

にうつろひ 桜花風にみたれて よしの川 川のまに/\ ちりほひゆくか

も桜花と
杜鵑(つゝし)花と

   帰 雁
さひつるや常世の国は 荒潮のかをれる国を (しき)波のたち()ふ海を (はく)

むや我子たつさへ 伴なれや妻呼ひかはし 荒潮の八百会(やほへ) 八百日(やほか)行(キ)百日(もゝか)

りて 行雁はも 行春の名こりもしらに ()む秋のあはれもしらに ゆく雁はも


   春 野 遊
水茎の岡辺の菫 かきろひの野のへのつはな 未通女等かけふそつむちふ

うなゐこか今日そぬくちふ 抜きにこそ今はゆかめと つみにこそ今は行か          58p

めと 未通女等か伴いさなへて うなゐ児か友たつさへて 春野に我きて

見れは 遠方のつゝしかもとに 
佐野津(さぬつ)鳥雉子はよはひ 此かたの岡の司

ゆ 飛かけり雲雀はあかる ひはりなす心の空に 
雉子(きゝす)なす友よひかはし

菫つみ つはなぬきつゝ 
終日(ひねもす)に遊ひあるけは 菅のねの長き春日も いつ

しかと暮ゆきにけれ 春霞かすむ山辺の 夕日夜 月夜にきそひ かへりく

我等者


   暮 春 月
桜花ちりゆき山に つゝし花うつろふ岡に 桜花さやには照らす つゝし花

あかくはてらす 照月はも 鶯の声もほのかに 容鳥の声もかすかに てれ
                
(髣髴)
る月はも                                        59p

   三 月 尽
春暮る山辺の桜 春いぬる岡辺のつゝし 春雨に匂ひこそ散れ 春風に照り

こそうつろへ 桜花ちるををしみと つゝし花うつろふ()かにと 鶯はまな

く時なく 容鳥はまなくしはなく 鶯の声なつかしき 容鳥の声おむかしき

あたらしき見かほし春の ()るらく をしも


   首 夏 山
うちなひく夏きその山 鶯の老ぬる声を 雀公鳥鳴(ク)初音を ちりみたる 花

にましへて 生ひしける梢にかけて 夏山か今朝の朝明に きくかさやけさ


   余 花
雀公鳥なく岡の辺に 呼ふ鳥よふ山かけに 白栲にのこれる桜 赤根刺(ス)うつ       60p
 
ろふつゝし 在つゝも我見はやさむ 置(キ)つゝも我見
(しぬ)はむ 山おろしの風

なふきそね ゆふたちの雨なふりそね あかなくに暮にし春の かたみと

思へは

 
    
我宿の園生の中に 五月雨に しぬゝにぬれて 夏草にたわになひき 未通

女等に葵花さく我妹子に 葵花さく五月雨の雨間もおかす 夏草のなひき

しをれて 葵花咲(ク


   雨 中 新 樹
うちなひく夏の茂山(しげやま) 雀公鳥立こそくゝれ 呼ふ鳥よひこそめくれ 藤浪を

ちらす日雨(ひさめ)に 卯の花をくたす霖雨に雀公鳥は根もしぬゝに 呼子鳥つ            61p

はさもたわに打なひき 蔭こそしけれ 夏の茂山

  尋 子 規
足引の山雀公鳥 初声を間に我はゆく つゝし花ちりにし岡をはろ/\と越(へ)

て我はゆく 桜花花見し山を くれ/\と越て我はゆく 夏山の奥の茂山

うちなひき心もしぬに越て我はゆく 

   子 規 稀
島津鳥宇佐の川上 川上ゆ流れ来る花の つゝし花桜花 桜花さかゆる妻か

つゝし花匂へる妹か 玉鉾の使も稀に 鳴(ク)雀公鳥

   夕 子 規
足引の山雀公鳥  月立チて 只三日月の 眉根(かき)ほのかに鳴てゆきし声はも 夕      62p

くれのたそかれときに 木のくれのおほつかなくも鳴きしこえはも

   五 月 雨 久
大君の三笠(あがた)に 早苗とり 苗とりおきて うちわたす千代五百(いほ)代 千代か

き五百代うゑて 味清(あじむ)水御井の里人 田草とり草とるまてに 五月雨そふる


   水 鶏 (くいな)何 方
見わたせる前の千代田 うちわたす後十代田 我住むや田伏(たふせ)にをれは 朝
                         
(田仕事をするための小屋) 
風に前田そよき 夕風に後田さやく 朝風に鳴(キ)し水鶏を 夕風に呼ひし水鶏

を いつかたに鳴やしにきと 何方に呼やしにきと 前田に我立きけと 後

田に我出きけと さや/\とさやく稲葉の風の音のほのかにたにも なかす

水鶏は
                                                            63p

    瞿 麦 花(なでしこ)
我宿の園生の中に 朝露になひきしをれ 夕立に
(ひつ)ちうらふれ 打しなひ

咲(ケ)るなてしこ 未通女等か朝戸ひらくと 我妹子か夕戸たつると 金戸出に 

たゝりしもころ 咲(ケ)る撫子
 

   池 蓮
水渟轟の池に 白露の玉をたゝへ 白栲の花さき匂ひ 生ひ出る蓮 白玉の

貝かほし妹に 白楮の面しる妻に 玉なからつゝみてやらん 花なから手折

りてやらむ あたら
蓮葉(はちすは)

   市 夕 立
市人のうるや白栲 里人のかふや照栲 あたひもて未たかはねは かはりも          64p

ていまたかへぬに 白栲の雲ゐたなひき 照栲のてるひもくれに 夕立そふ

る 市人の心もしぬに 里人の心もたしに ゆふ立ちそふる

          ( しぬ 偲ふ)

    河 辺 納 涼
木綿(ゆふ)の山いや二並(ふたなら)ひ 鶴見山いや二並 二並の山のはさまに 年をへて

これる氷も 六月(みなつき)の土さへさけて 照れる日のあつき此日 打とけて流れく

る川の 津房川深見川 筏おろし我こきくれは 小舟うけ我こきゆけは 深

見川ふかみさやけみ 津房川つはら/\にすゝしきろかも
                   
   夏 祓
天離(あまさかる)鄙の鄙人 打日刺(うちひさす)宮の宮人 久方の天の益人(ますひと) ます/\も犯せる罪を

百敷の宮の宮人 みそかにもなしゝ穢を 六月の今日ゆ始めて 神直日(なほひ)なほ          65p

らひませと 大直日まなほならせと 大川原川原にみそぎ 大海の海にみそ

く人 宮人 鄙人


   海 辺 立 秋
我妹子と明石の浦に 海士小舟ともす 漁火 いちしるく秋は立けり 未通

女等と須磨の浜辺に 
泉朗少女(あまをとめ)しほ焼く烟 なほゝしき秋は来にける 朝潮

に雁はかけらひ 夕浪に鴨女(かもめ)はさわき 明石潟吹秋風に須磨の浦たつ朝霧

に淡路島あはと見るまて 小豆島そよとなるまて秋に来にけり

                 (奥津ともあり)

   萩 露
秋霧のたなびく野辺の 雲ゐゆく雁の萩の花 うれはたわわに おける

白露の 玉にぬき我もてゆかむ萩か花 匂へる妹か玉
(くしろ)  くしろにつけて手に        66p
                     
 (古代の装身具の腕輪。)
まかむため


    虫 音 非 一
雲ゐゆく雁の涙に 白露の奥野の原の 花すゝき尾花か本に 丈夫か手なれ

の駒の くつわ虫ふりこそすさへ 萩か花匂へるかけに 鳥狩する鷹の鈴虫

さや/\と音にこそなけれ 女郎花しをるゝかけに 未通女等か手染の糸を

くりかへし くるやくた虫  ゆら/\と音にこそなけれ 刈萱のみたるゝ上

に 白露を玉にぬきつゝ さゝかにの糸をつらねて 機織の虫こそなけれ

其虫の音をなつかしみ 其虫の声をおむかしみ 秋野の千草の花の 花かす

によそへてきけと 草かすになそへて聞けと 毎聞(きくごと)に飽こそたらね 鳴く毎

にこひこそまされ虫の声に
                                             67p

    薄 暮 雁
露霜の秋の夕くれ 天の原ふりさけ見れは 天飛(ブ)や雁は来にけり 秋霧のた

なひく山を はろ/\と朝飛かけり 秋風のそよめく田井にくれ/\と夕鳴(キ)

とよみ 雁は来にけり 秋霧につはさもしぬに 秋風に羽交(はかひ)もたわに 夕

くれのおほつかなくも雁は来にけり


   秋 月
露霜の 秋さりくれは 朝には白露おき 夕には霧立わたる 立霧の夕かな

しみ おく露の朝ゆゝしみ ぬは玉のよわたる月を真十鏡(まそかゝみ)ふりさけみつゝ

白露のおきてもゐても 秋霧の立てもゐても 久かたの月の 月をそ我見る

心なくさに                                                           68p

    
久方の月人男(つきひとをとこ) 彦星のわたしゝ上を 棚機のあわしゝ空を 青波に雲の舟う
    (月の異称
け 秋風に霧の帆はりて 天(ノ)川夕こき川 天原朝こきわらる月人男

   朝 霧
秋雨のふる山道 朝さらす 人そゆくちふ 夕さらす人そくるちふ 行人の

夕わたらす くる人の朝たなひく 秋霧あはれ 暁の彼は誰時(たそかれとき)に 朝霧の奥

所もしらす 立霧あはれ

   曉 鹿
春日を春日の山の 高倉の三笠の山に 花すゝき しぬにおしなへ 萩か花

たわにふみわけ 若草の妻よひとめ 
佐男鹿(さをしか)鳴(ク)も 朝月夜あけまくをしみ        69p

曉のたときもしらに さをしかなくも

    暮 秋 雨
秋風の立田山 秋霧の立田川は 立出のよろしき山 川並の宜(シ)き川 山川を

たかみさやけみ 
(なが)月の時雨ふるなへ くれてゆく秋のかたみと 立田山の

これるもみち 立田川よとめる木葉 山おろす風のまに/\黄葉のちりこそ

つもれ ちりつもる木葉のまにま 立田川水こそまされ秋の時雨に


   秋 山 家
露霜の秋の山里 黄葉の散りのまかひに 秋草の生ひの茂りに 尋ね来る人

しもあらす 分いつる道しもなくを 秋霧の
(たゝず)みをれは 秋風のうらふれを

れは 佐男鹿の垣根に来鳴き雁かねの 軒端に来なく秋の山里                70


   九 月 尽
秋山のしつくにぬれ 秋田の露にひつちて 衣手もいまたほさねは 袂さへ

またかはかねに 九月のしくれの雨ふり 秋風の吹しくなへ 黄葉のちりし

くまゝ 新しき秋はくれけり 雁か音の悲しき秋の 月かけの身にしむ秋は

立霧のほのになりつゝ 暮れて行きけり

 
    初 冬 時 雨
み雪降(ル)冬
岐嶒(きそ)の山 紅葉の風にみたれて さや/\と散りこそつもれ 木(ノ)葉

のあらしにちりて たし/\と降こそつもれ 黄葉なすさやにはふらす 木

葉なすたしにふらす 神無月はれみくもりみ 天雲の間なく 時なく降る

時雨かも                                        71p

    初 冬 落 葉
暮てゆく秋のかたみと 散り残る峰の黄葉 落ち残る麓の木葉 山風の吹き

こそ散らせ 秋風のふきこそおとせ 黄葉のをしき秋を 木の葉のあたらしき秋

を 秋風にちらしやりつれ 我宿につもれる木葉 吾門にちれる黄葉 朝戸

出にいまたふまねは 夕戸出にいまた分ぬに 久方の空かきくらし 神無月

の時雨の雨の たし/\と降りこそかゝれ さや/\とふりこそまされ あ

たら落葉に


    野 径 霜
み雪落(ル)冬の山道を 朝月夜朝立くれは 虫の枯野の芒 女郎花(ちがや)

しなへ おける初霜 あかときの衣寒気(さむら)に 朝立の足結(あゆ)ひもしぬにおける         72p

初霜


    深 夜 千 鳥
葦火たく 浦屋にすめは もしほやく(とま)屋にをれは よる浪に声のうらふれ

ひくしほに 声のさまよひ わたつみのたときもしらに さ夜中と鳴(ク)浜千鳥

冬夜の有明月夜 在(リ)つゝも我をねしなくも 浜つ千鳥よ

    水 鳥
隠国(こもりえ)の初瀬の川の 上(ツ)瀬にをし鳥よはひ 下(ツ)瀬に鴨鳥さはく 初瀬川川風寒

み 上(ツ)瀬の波こそさゆれ 下(ツ)瀬の水こそ氷れ 氷なす寒き夕の 川風のさゆ

る此頃 打ちなひく玉藻の床に よりなひく川藻の床に 白栲の雪の衣きて

にきたへの霜の衣きて 敷栲の妻まくらむか 鴦鳥鴨鳥                  73p

    馬 上 雪
霰うつあられ松原 住吉の里のかよへは 我乗れる馬の頭に 振名積(リ)天の白

雲 打払ふ袖こそさゆれ 立しのくかけこそ氷れ 我妹子に我住吉の 雲の



    山 初 雪
夜を寒み朝戸あくれは 由布か嶺に雪そふりたる 昨日こそ木葉ちりしか

夕こそ時雨ふりしか 由布の山今朝の初雪 をとめらかおる白栲を 七重(なゝかさね)

けてやほさる けさの初雪


   瀧 水
三吉野の芳野の瀧は 常世にも響ける瀧を 唐まてもきこゆる瀧を 三雪降(ル)       74p

冬の比日 氷ゐて音そ絶(ヘ)たる 氷ここりて 水そとまれる 吉野山嶺の白雲

いつとけて 桜流る 春にはならむ


  
   寒 樹
三雪落(ル)冬の枯山 黄葉ちりにし後は 木葉のおちにしあとは 露霜のおくも

いとはす 山風のふくもきらはす 冬隠(ふゆごもり)春し立ねば 鶯もいまたなかぬに

久方の天の白雪 雪つもり 霞宿りて白栲の花こそ咲(ケ)れ 冬の枯山


   
吾宿の庭の村竹 々々にうつや霰の たし/\と音こそさやけ さや/\と

玉こそちれゝ 白玉の
五百(いお)(つど)ひを 手に結ひ玉にぬきつゝ 未通女等か          75p

つとのやらむと 吾妹子か
(つと)にやらむととりはけにつゝ

    雪 朝 眺 望
久方の雪の曙 棚ひきし雲とみるまて 引かけし布と見るまで 白栲にふれ

る白雪 をとめらかさらす
調布(たつくり) さら/\に雲とは見へす けさの曙

    衾
未通等かさらす白栲 我妹子かそむる照栲 々々のきぬ入れふすま 白栲

の綿いれふすま 笹か葉のさや/\霜夜を 山風のさゆる雨夜を 
(たく)ふすま

いやさや敷きて むしふすまいや着重ねて 冬(ノ)夜の寒き比日 ねろこそ

吉きも


   田 家 歳 暮  (又惜歳暮とも)
足引の山田の
遅稲(をしね) 倉につみ(まだ)貢かねは 川沿ひのきし田の早稲を (えい)に          76p
                             
 (稲の穂先)

すり
(まだ)(にえ)せぬに 我宿の梅の()つ枝に 白雪のつもり/\て (あらたま)のことし

はくれぬ 山畑に殖(エ)そ青菜を 小鍬もちかたましものを 岡畑をいやすき

かへし 麦たにも蒔(キ)しものを 年はくれけり

    除 夜
璞のくれゆく年の 終りとそ雪はふりたる 玉
(きわる)年のふる人の しるしとて我

は老(イ)たる 老につゝ今宵はありとも 春霞たゝむ朝は 鶯の吾若変り 梅か

枝につもる雪をも 花とこそ見め


    初 恋
住吉の岸の姫松 うら若き妹が手枕 さしかへて我しいねては かきむたき

我しさ寝ては 初花のいや見かましく若草の いやなつかしみ 赤根指(あかねさす)昼は         77p

しみらに ぬは玉の夜はすからに うちなひく妹か笑まひし 面影に見ゆ


    返 書 恋
足引きの山にこもらふ 
佐袁鹿(さをしか)を八つとりもち 其毛等を筆につくり 小垣

内の
(ゆふ)をはきほし 其皮を紙にすきつゝ 住吉のひめ松 下枝よち我

きりをろし 焼塩のこれる烟の 薄墨に我かきつらね 濃墨に我書(キ)ちらし

雁かねの使ひにもたせ かなしきや妹(かり)やりて 恋しきや妻(かり)やりて

返事いまたあらねは うれたくもいまた思はぬに 山川に渡せる橋の 丸木

橋ふみかへされつ あたら其書 


    急 別 恋
なひくもの愛妻(はしきつま)を あからひく まかなし妹を 速川の七端渡りて 足引きの         78p

山八越て うちわたす岡の松原 行人のしけき木かけに 玉鉾の道の行きあ

ひに たまさかにあひてことゝひ はしけくもいまたいはねは かたみさへ

いまたかへぬに 白菅の小笠うちきて 客人(まれひと)のすけなく妹に わかれきにけり


    忍 恋
筑波山葉山茂山 生ひ茂り恋の繁けは 影茂り人目茂けは うもれ水 した

にそ通ふ 葉山茂山


    遭 不 逢 恋
爰にして背向(そがひ)に見ゆる 我妹子か門の槻木(つかのき) 未通女等か宿の橘々の本に我立
                   
(ケヤキの古名)

下枝とりあかすや妹と ひきよちて結ひしものを 槻木のいやつき/\に           79p

在通ひ通ひしものを 千早振神やそふらむ 空蝉(うつせみ)の人か避けゝむ をとめら

に逢事かたく我妹子にあはぬひまねく 璞の月そへにける かくのみや恋つ

ゝあらむ かくのみや息つきをらむ 玉ノ緒のつきても逢はむと 月影のさや

けき夕 槻木のかけのまに/\  橘の本にかよへは 小柴垣かきのくつれゆ

ふみわけし 道はあせつゝ 虫のねの繁き野らとも 成りにけるかも

    契 二 世 恋
神霊産(かみむすひ)高霊産の (たま)しくも結ひ玉ひて 大名持少彦(すくなひこ)名の 尊くも幸ひ玉ひて

玉緖の結ひし伊妹と 紐か緒の解し真妻と かくさまに結ひこめては 天雲

の向伏極メ 谷(たゞ)の狭渡極 手携ひ別れし妹と かくさまに結びこめては 足

引の山はくえても
(わた)()の海はあせてもうなかけり 離れし妹とかくさまに結        80p

ひこめては 空蝉の此世(さか)りて いなしこめ夜見にゆくとも 月弓の神の

まに/\ またなきや呉公(むかで)いふとも いふせきや蜂たかるとも 我袖にいも

はつゝまむ 手本もち我をは隠せと かくさまにむすひしひもを とく人

あらめや   

    疑 恋
住吉の岸の姫松 下枝とり結ぶしものを 上枝よちしめて しものを 浦浪

に水なれそなれて 浦風にしをれ/\て 結松とけやしにきと 姫小松をれ

やしにきと 我心ゆたにたゆたに 大舟の津守の浦に 立浪の立てもゐても
         
 (ゆらゆらとただよい動いて)

もの思ふわれは


    悔 恋                                      81p
照栲のうつくし妻か なよ竹のとをよろ妹か 富士の嶺の思ひこかれて 武
              
(撓。とをを。たわむさま。)
蔵野に刈干かやの 束の間も見すてはあらし 常陸なるなさかの海の なさ

けそといひてしものを 人心浅香の浦に よる波のかへる/\そ 今はくや

しき

   恨 恋
秋山の下日
壮士(をとこ)か 黄葉の丹つらふ君か 天川流(レ)つきめや 棚機の逢ふせ

はてめや 月影に我はかよはむ 秋風に妹はまたせと したはへていにし霄よ

り 朝露のおきてもゐても 夕霧の立てもゐても 雁かねの心にかけて 月

影のさやけき夕の 秋風の身にしむ夕の 虫の音の悲しき宿の 真木の戸を

我あけまてと 松の戸に我立まてと 秋風のそよともこねは 月影のほのか          82p

にも見えす 君かすかたは


    無 他 心 恋
我妹子と二人しをれは 山たかみ里には月は 出すともよしといひつゝ 手

携ひ共にしをれは うなかけりたくひてをれば 庭に生るいさゝむら竹 い
         
 (うなじにてをかけ)         (細小群竹)

さゝけきへたてもあらす 物思ひもなし

    恋 変
君かため手玉もゆらに 未通女子か織たる衣を 春されは 花にそめつゝ

秋くれは萩にすりつゝ 染衣かたよくぬいて 摺衣袖よくぬいて 春山もい

また分ねは 秋野もいまたゆかぬに たもとよりかたより色そうつろひにける


    並  面  恋                                   83p
霄にあひて朝面なみ  うつゆふのこもれる妹を 葦蟹のなはれる妻を 玉か
                          
(如くなる)
たまあはねはくるしみ 真十鏡見ねはこひしみ にほ鳥のたくひてをれは

潮船の並ひてをれは 曉にかなしも


    寄 鳰 恋
紀の国の白良の浜に 真白玉白由の浜に白浪に つはさぬらして 白玉に羽

かひ匂ひて あさりする鴨妻 白浪の匂へる妹を 白玉のめつらし妹を 我

ためとあさり出ぬかも 我ためとかつき出ぬかも 妹を我妹を

    寄 鏡 恋
夕去れは床辺にゐて 明来れは(くしげ)にのせて 朝寝髪かきみ(けつ)りみ みたれ
     
髪ときみかゝけみ 吾妹子か片身の鏡 まそ鏡 心に見て 見ぬときはなし           84

                         (真澄鏡・十寸鏡)

    羈 中 嵐
大君の三笠の山の 尾上には黄葉ちりつゝ 麓には木葉落(チ)つゝ もみちはを

散らす疾風(はやち)に 木の葉をおとす嵐に 我妹子かかたみの小笠 菅小笠すけ

なくおちぬ あたら山風


    曉 雲
秋(ノ)夜の月になそへて 我をまつと立しゝ妹を 夕くれの雁によそへて 我を

みると待しゝ妹を 有明の傾くまでに 雁かねのいやなくまてに 秋(ノ)夜の長

き夜いねつゝ 虫の音のしけき露原 衣手のわかれしくれは 吾妹子かいと

こやの上に しのゝめの残れる雲は 東雲(いなのめ)の棚引雲は 明時の妹かなけ
                 
きの霧があらぬか                                    85p


   流 水 浸 雲 根
高良山峰の白雲 国の()をひろみ はるけみわたつみの海に たなひく

思ひ川水上とほみ 流れては 雲ゐにそゝく 雲ゐなすたなひく川は久方の
    
(遠見)

天に通へる 心ちこそすれ


   山 家 烟
つゆしも秋の山畑 
(あくた)よせ()くや烟の 朝東風に山に たなひき 夕
 
嵐に岡にたゝよひ 立霧のおくかもしらす 白雲のたときもしらず 山里の

秋をふかめて 立煙かも


   
久方の天の戸開き 芦原の水穂の国に 天降(あもり)ましゝらしめしける 天皇の神          86p

の命の(かき)立(ツ)や御垣となりて そきたつや御蔭となりて 霊しくも立てる山か
                   
(退き立つ 遠く離れて立つ)

も尊くも茂る山かも 春されは花咲きをゝり 秋くれは黄葉にほひ 天地日

月と共にうこきなき我大君の たとへともなれる山かも ためしともなれる

山かも 神代なからに


   海 路
夕されは床にこいふし 明(ケ)くれは(くしけ)に向ひ 未通女等か()める(まよ)ひき 眉

引のなひける島は 荒潮の かをれる島を しき波の立しく海を (かしこ)
             
(か寄れる)  (頻浪) 
  
や 真楫(まかち)しゝぬき ゆゝしきや梶引しをりて こくふねはも 大海のたとき
  
繁貫き)

もしらに わたつみのおくかもしらに こく舟はも


    故 郷                                      87p
小山田の稲かりわひて 山畠の麦まきかねて 山里の秋をわすれて 打日刺(うちひさす)

都に住めと 百敷のみさとには居れと 小山田の秋田かりかね 雁かねの

けさ鳴く声に 故郷の昔思ひて 秋風に立来てみれは 朝露にぬれ来てみ

れは 我打し畠は荒つゝ 虫の音のしけき野となり 我住し家はくつれて

笹かにの蛛の巣かくちふ 浅茅原つはら/\に 悲しきろかも
                      (しみじみと)

    幽 茜
現身の人言しけみ 打日刺都をおきて 天離夷にかくろひ うつゆふの狭き

田をつくり まそゆふの小畑をうち 谷間に月日おくれは 山合に(よはひ)
     
 (真麻木綿)

ふれは 橋に壺にこもりにし 仙人(やまびと)の心ちこそすれ 仙人に逸遊(いつゆ)ならひて

仙人にいつあやかりて 仙人の世をは避けん 仙人は世はうれたけむ 仙人          88p
    
われは


   水 駅
鈴か音の駅馬(はゆま)うまやの 包井(つゝみゐ)清水(せみど)を汲みて 乾飯(かれいひ)も未た

くはねは 菅小笠いまたけなへを 東人の荷先(ぬさき)の駒のさきかけてとこましとゝ

たちとならすも


   古 戦 場
千早人 宇治のわたりの わたり出にたてる梓弓真弓 梓弓末ふりおこし

白真弓ゆはらふりたて 物のふの此氏川に にほ鳥の(かづ)きいきつき 水鳥
  
(弓腹)

のさわきゝほひて 幾人か征矢(そや)放ちけむ 幾人か命すてけん 物のふの氏と

名に負へる ますらをの伴                                89p


    廃 寺
神のます
(もり)きりつくし 神木とり 仏つくりて 墓つける岡ほりくやし 真

土とりこをぬりかため 
天照(あまてらす)日にはあてす 敷降(ル)雨にはかけす 五百匠工(たくみ)

千匠工つとへ 婆羅門のつくれる寺を 法師等かませつゝ仏を 神のこと人

(をろか)ます 墓のこと人もいつかねは 棟より桁よりくち 屋根より担よ
 (拝かみ)
り落て 尊かる仏像も天照や日々にくすほり 敷降や雨にそほ濡れ 餓鬼の
                
(燻り)      (頻き降る)

こと痩せて立れは 草村の
額突(ぬかつき)虫そあやにぬかつく

    良 将
大王(おほきみ)の御楯と成りて 大王のみかきとなりて いそしくも仕る(おみ)は まつろ

はぬ国を治むと 千早振人を()はすと 千万の軍
(あども)ひ 天(ツ)神仰き乞のみ   
  90p

地神(くにつかみ)伏てぬかつき 天地の神の御稜威(みいつ)を 畏きや(そひら)に負ひて 大王の
恩頼(みたまのふゆ)を 

ゆゝしきや真太刀に佩て 敵守つくしを守り 鳥か鳴く(あつま)を治め あ

あたなへる国をまつろへ まつろはぬ人を言むけ はき清め払ひ平け 手
(こまぬき)
(あたなう 敵対する)

事なきみ世を 平らけく治めまつりて 安国と仕へまつるそ いそしき大臣(おほみ)

    忠 臣
天雲の棚ひく国の 青雲の下なる国の 勇士(ますを)といはるゝ人は 大王(おほきみ)の神のみ

かとに 外部に立侍らひ 内部に仕へ奉り 海行は水漬屍(みつつくかはね) 陸行草生屍(くさむすかはね) 大

王の辺にしなめ 額には矢はたつとも いきたなく後は見せしと かへりみ

る事はあらしと 悲しきや妻にかたらひ 尊きや親に申して 大王の御門の

守り 朝守り 夕の守りと いそしくも仕る臣を 天雲の棚引く国の 青雲         91p

の下なる国の 物のふの臣とこそいはめ 物のへの (とも)とこそいはめ 御門(みかと)

守人(もるひと)


   美 人
靡藻(なひきも)愛妻(はしきつま)か 春山の花と見るまて 秋山の紅葉と見るまてに 咲き匂ひゑみ

て立(テ)れは 千早振神さへめてつ 足引の山さへよりつ はしきよし妻かすか

たに はしきよし妹かゑまひに唐のからこにしきか 雲となり雨となりても
                
(唐錦)

国忘れ家忘れても にほ鳥のつはさ並へて 宿る木の枝さしかへて たつさ

はり在しもことわり うなかけり住しもことわり 古の浦島の児か 住吉の

岸あそひて 家わすれ 身もたなしらす 常世辺にありしことはり より

なひく妹かゑまひに うちなひく妹かすかたに めてゝ見 めてゝ               92p

   孝 子
父の実の命と 母そはの母の命と 明くれはをろかみまつり 夕されは
(乳の実の 枕) (柞葉の 枕)

ゐやまひまつり 朝夕に仕まつれは 尊きや父幸はひて 悲しきや母はくゝ
(うやまい)                          (育み

みて 足引の山にゆくとも 刈(はね)に足ふましむな わたつみの海にいつとも

かきからに足ふましむなと ねもころに語らひいませ み山路も (ひた)

はゆかす 真砂路も早くは歩りかす あはひ玉海にひろひき 山ついも山に
                           
(薯蕷 やまのいも) 
ほり出て 山海のみあへつくり たかつきに机にもりて父の実の父にまつら
        
(御饗
せ 母
そはの母にまつらせ 父母かめつゝみまなこ 月に日にけに
                         (愛づ)
   柿 本 人 麻 呂 朝 臣
掛巻も綾にかしこく いはまくもゆゝしきかも 柿本大人命は敷島の日本            93p
(懸けまくも)
         
国の 言霊(ことたま)の神にしいませは 言葉の親にしあれは 赤玉の()しき言葉を

くし玉のくすしき調を つぬさはふ石見の海の おさまけて幸ひ玉へと 大
           
(つのさはふ 枕)

舟のわたりの山の いや高にさつけ玉へと 獅子(しゝ)しものいはひをろかみ う

なしものうなねつきぬき 乞のみ奉


   紀 貫 之 ぬ し
朝もよし紀の川上ゆ 流れくる花の桜花つゝし花 桜花さかゆる御世の
(麻裳よし 枕)
つゝし花(かくは)し君か しぬはすや言葉たすけて うたはすや歌幸(さきは)ひて 言

葉のあやしき君なれ 言霊のくしき大人なれ 朝もよし木の川上の 末遠く
                   
流れ/\て 後(ノ)世のくめともつきす 後(ノ)人のめともあかす 朝もよし紀の川

上のとほき流れは                                     94p

   贈 山 邑 長 野 宗 義 許
馬城の山いやに並ひ 雲井山いや(ふた)並ひ 二並の山のはさまゆ 打越て今日
(牧)
かも来ると (ひた)越て明日かも来むと 日並て我待(チ)わひぬ 馬城の山 なひき

たりこそ 雲ゐ山よそりたりこそ 山邑の岡の松原 はしきよし我まつ君か

家のあたり見ゆ


  訪 立 石 田 原 親 友              
足引の山雀公 山たかみ 野辺をかけらひ 野をひろみ 谷立ちくゝり 物

の部の立石川を あちわたり こちとひこえて 山口の山の松の木 我きぬ
(布ともあり)                 (城山の峰の松の木ともあり)

と名のるは 君が家のあたりかも

   同 時 訪 楠 原 舜 吾                           95p
物のふの立石山の ()のへにて 伐るや斧の音 ふもとにて焼くや炭竃

やくすみの 思ひこかれて 斧の音の 我おとつれぬ あはせ吾背乎(せこ)
                                  
   松 山 藤
多児の浦の岸根の松に這ひまとひ 咲(ケ)る藤浪打(チ)よする 波と見るまて 立(チ)の

ほる雲と見るまて 春風になひくを見れは春雨に とをよる見れは常磐なる
                       
撓みをる)
松はさら/\いろなかりけり

   昔 を 思 ひ や り て (以下補遺)
年の三年(みとせ)は経ぬれとも 園生のうちのかわらねは 昔恋しき心地して 蝉

の鳴く音もなつかしく 袖ふきはらふ風そすゝしき

   和 淑 臣 君 悲 別 歌          この長歌の伝真筆画像        96p
足日木(あしびき)の山坂こえて (なく)()なす(したひ)()まして 朝夕に有けるものを延蔦(はふつた)の わか 
        
れしくれば 吾せ子か垣内に(さけ)る 小百合花(さゆりばな) ゆりもあはむと 慰さもる君
                             (のちも逢むと)次の「ゆりも逢はむ」を言い起すための序詞
が心は 白縫のつくしの浜の 大ふねのゆくら/\に おもほゆるかも

  返 歌
別ては同し心をつくしかた つくしかたきは 君か心か

(右二首は千尋といふ名を記しありし調も筆も異なりたれば或いは他人の歌ならんか)


    此 う た は 山 に て よ み 申 候
久方の天飛(あらとふ)つるこそ 千年五百年いけりといへその鶴の よはひにあへたる

其鶴の 名にし負たるはしきよし 吾せの君鶴のこと ちとせ五百年 あり

こせぬかも                                       97p

  返歌
久方の天とふ鶴の名をおひて君は千歳の阪もこえなむ


    早 蕨
夏麻引(なつそひ)く 上野の野辺の早蕨もえつると 人はいへとも生つると 人はい

へとも摘みにゆく 時しなけれは 折りに ゆくひましなけれは いたつら

におきてそなけく野辺の早蕨


   
剣太刀(つるきたち) 五百千もかも 丈夫も万もかも (こと)さへく 蝦夷(えみし)かともをいとり

きて 君に奉りて国治む物


    雲 雀                                       98p
ひはりよ/\いかなれは あら野らに巣をくひて 春草のもえつる時の春霞

たなひく時に久方の 天路かけりて己か名を
名乗()

                             (佐田秀歌集 長歌 下巻  完)

                       
                      短歌

                  
(五十八首 以下掲載省略)



                  
     
    佐田(さた)(ひずる)
佐田秀。天保10年(1839)3月10日大分県宇佐郡佐田村(現在.
安心院(あじむ)町)に生れる。
庄屋佐田友貞の長子。俗名内記兵衛、幼名五郎作、諱は友忠。
佐田秀は和歌を熊本の本家佐田玄景(熊本町奉行)に学び、後に物集(もずめ)高世(たかよ)に師事した
また皇典を近藤弘之に学んだ。秀の記憶力は抜群で万葉集四千余首悉く暗誦し半句も
間違えなかったという。
歌人としての名を
轟秀(とゞろきひづる)又の名を佐田日出留(ひづる)と称した。

勤皇思想に傾注していた佐田秀は佐伯の青木
猛比古(たけひこ)らと楠公会を組織して尊皇運動を
起こした。
慶応元年12月勤皇倒幕の烽火となった木子岳事件が起きた。佐田秀らは耶馬渓の木子
岳の麓、高橋伊賀守清臣の山荘で、日田代官を襲撃し倒幕運動の先駈けにしようとし
たが、その計略は露見し、志士の柳田清雄などが逮捕された。首謀者の佐田秀、高橋
らは安心院の重松義胤邸に潜み、歌会と称し志士を集め倒幕の謀略をめぐらしたいと
いう。この年、慶応元年木子岳事件前も短歌会を催し、佐田の別野、轟池畔で秋月を
愛でて歌を詠んでいる。この年の十月にも賀来霞翁の邸にて百華山荘歌会として地方
歌人を集め、八十余首、四十組の歌会に秀が判者であった。
   
慶応2年(1866)長州藩の報国隊に入り、勤皇の同志の士を募った。
慶応4年(1868)1月14日から23日にかけて、四日市・
御許山(おもとさん)などを舞台とした勤王討幕
の挙兵事件が起こった。中心となったのは豊前・豊後地方出身の佐田秀・下村
御鍬(みくわ)
福岡藩脱藩の桑原範蔵ら諸藩の浪士、長州藩士の平野四郎( 若月隼人) らであった。
佐田秀らが、藩政に批判的な長州藩士ら60余人と長州を脱走し、豊前宇佐郡馬城峰に
結集して、四日市陣屋・中須賀米蔵などを襲ったのち、宇佐宮の奥の院である御許山
に立て籠もった。その別動隊は、日田代官を襲い、入牢中の志士を救出したりした。

この事件は後から来た長州藩報国隊によって、この挙兵が勅許を得てないこと、長州藩
の名を勝手に使ったこと、脱隊違反を犯したことなどを厳しく糾弾された。佐田らは
大義を説いたが聞入れられず、1月23日会議の席上で責任をとって平野四郎は切腹、
佐田秀は斬殺された。秀この時28歳であった。首将の桑原範蔵は敵弾を受け戦死、
僧坊は焼失した。
長州兵は捕えた柴田直次郎(肥前松浦の人18歳)を斬り、「口に正義を唱え盗賊の
所業せし者」として、佐田・平野・柴田の首をさらした。

世に
御許山(おもとさん)騒動と言われる事件である。なお御許山に挙兵した志士達は、
勤皇派の公卿花山院家理(かざんいんいえのり)を盟主としたので花山院隊と呼ばれて
いる。花山院も正月20日長州藩に捕えられ、後に京都に護送された。
また御許山に集
まった志士達の多くは武士ではなく、多くが庄屋、神官、医者、農民、町人などの
草莽の民であった。

佐田秀は、勤皇倒幕奔走中の文久2年から慶応元年までの約三年間(秀24歳~26歳
迄)の歌を「愚詠長歌百集」と題して自選自筆の歌集(上下巻各百首)を残していた。
外に短歌六十首の歌稿が残されていて、明治五年遺族らが短歌遺稿と長歌集を一冊に
まとめて「故郷の名残」と題されて、小倉県権令に提出された。その後昭和七年に宇
佐郡史談会から「佐田秀歌集」と題して出版された。

大分で見つけた古い額装の佐田秀の長歌をホームページに公開して一年後の平成二十
年八月
、私のホームページを御覧になったK氏から絶版の「佐田秀歌集」のコピーを
お贈り頂いた。それにより秀に関する貴重な情報を得ることが出来た。

それによると「文久二戌十一月島原藩士坂本是政将にかはりてよめる」と題する長歌
が、このホームページで紹介する「坂本是将ぬしの請いによりてよめる長歌」とほぼ
同文の歌であることが分かった。
又、このホームページに掲載している千尋作「和淑臣君悲別歌」も「佐田秀歌集」に
ほぼ同文の長歌が掲載されていた。これには添え書きがあり、「右二首は千尋といふ
名を記しありし調も筆も異なりたれは、或いは他人の歌ならんか」とある。
「坂本是将云々」の歌の筆跡と「和淑臣君悲歌」とは筆跡が異なっているような気もす
るが、佐田秀の遺稿の中に在ったことは事実なのだろう。                                 
佐田秀の歌は万葉歌人の再来を思わせ、詞藻絢爛、情熱的な歌に圧倒される。
歌は佐田、筑紫の自然や風物を詠った歌や、相聞歌が多く、叙事詩は少ない。
幕末動乱に遭遇しなければ、必ずや明治歌壇の輝ける歌人として活躍したに違い
ないと思った。

 
     
                               



佐田秀の歌碑と墓
          

      佐田秀辞世の歌碑

荒ハてし秋の
故郷(ふるさと)来てミれハ
  あさぢか原に月ひとりすむ 秀
       慶応三年秋詠



(平成十七年撮影)

    
  佐田秀墓の左隣には御許山騒動
で殺された桑原範蔵・平野四郎・
  柴田直二郎の墓がある。


佐田秀墓
      
   

   





 
佐田秀(轟秀)がよく歌に詠んだ轟池

 述懐
 鳴る神の轟の池の遠方にともす蛍
 此方にさわぐ蛙 蛙の音のさやけく 蛍のかけの
 涼しく池水の心も清く 照らす月かな
 夏草の緑の山 冬籠り常盤の山と こち/\の
 山のはさまゆ 瀧ちゆく水の響の 轟の池の
 鳰鳥(にほどり)にほ鳥の()にも(かく)りて われは棲むかも
             (佐田秀歌集)

            



          佐田(さだ)五郎作(ごろうさく)     「明治維新人名辞典」日本歴史学会編 吉川弘文館
 
  天保十一年(1840)~明治元年(1868)一月二三日 
 (諱)友忠 (称)内記兵衛・五郎作 (生)豊前國宇佐郡佐田村(身)農民・浪人
 (系)父は庄屋佐田友貞 (墓)大分県宇佐市安心院町内川野(参)増補改訂大分県偉人伝」
 「大分県勤王家小伝附き大分県偉人小伝」、小野精一「大宇佐郡史論」豊前の勤皇家。
  早く父を失い、熊本の本家佐田玄景に和歌を、帰って物集高世に国学を学ぶ。
  青木猛比古と楠公会を興した。慶応二年木ノ子岳の高橋清臣の草庵で日田代官所襲撃を企てて
  失敗し、長州に渡って報国隊に入った。花山院家理を奉じ義兵を挙げようとして長州藩に反対さ
  れ、明治元年脱して豊前長州に上陸、四日市代官所を襲って幕吏を殺し、本願寺別院を焼き、御
  許山に籠り日田襲撃・志士奪回を策したが、報国隊にその暴挙を忌まれ、兵を送られて斬られ、
  四日市に梟首(きょうしゅ)
(さらし首)された。年二九歳。





佐田の名所 (佐田地区まちづくり協議会)

 「佐田秀歌集」 宇佐郡史談会 1932年

御許騒動郷土史話 (大分県宇佐市)

大分県宇佐市所在指定文化財一覧

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