表紙へ 成島 司直 


   
   成島 司直 (なるしま もとなお)
   江戸後期の儒学者,歌人。通称豊之助,邦之助。号東岳。成島錦江の曾孫(父は勝雄)。
   小十人格奥詰見習より昇進して奥儒者に至り,更に図書頭となる。成島家の家学である
   儒学と和歌に長じ,その学才は『徳川実紀』の編纂に大いに発揮された。将軍の侍講と
   なり,政治改革の上書を奉るなど活躍したが,天保14(1843)年免職謹慎を命じられる。
   養子筑山に先立たれ,孫柳北の後見として晩年を送った。『東の春』『晃山扈従私記』
   などの和文のほか,家集に『司直詠草』(静嘉堂文庫蔵自筆稿本)がある。
   生年: 安永7.2.15 (1778.3.13) 没年: 文久2.8.13 (1862.9.6) (久保田啓一)
   朝日日本歴史人物事典





 
*七月重後 天保六年( 1835)閏七月
*子善 頼養堂の別号。 
      
 天保六年閏七月に成島司直(当時五十七歳)
 と頼養堂(当時六十一歳)が二人で旅行をし
 た折りに詠んだものと思われる。

  棹歌声裏水烟収

満岸涼風報素秋 

幸有佳期得佳伴

一川晴月倚西楼

  七月重後子善至同賦 
          成島司直     



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